東京の新宿駅から、小田急電鉄の快速急行に乗車する事およそ70分。海底の宮殿、竜宮城に到着です・・・
いやいや、そうじゃなくて、この建物は片瀬江ノ島駅の駅舎であって、お城なんかじゃありません。
神奈川県のいわゆる湘南エリアは、マリンスポーツの聖地。その中で江の島は特に、湘南を代表する定番の観光地でもあります。古来から龍が棲むと言い伝えられて来た、その江の島の名を冠した片瀬江ノ島駅にあっては、竜宮城のイメージを醸し出して、龍神伝説と共に、オーシャンリゾート感もアピールしていると言う訳なんですね。 |
| 入母屋屋根にアーチ形の通路から成る、竜宮造りの門をイメージしたその駅舎は、昭和4年4月の、小田急江ノ島線の開業時に最初のものが造られました。そして現在の駅舎は、令和2年7月に建て替えられた、本格的な竜宮造りの駅舎です。掲載したこの画像は、駅の開業以来90年余りに亘って、地域住民や鉄道利用客、観光客などに親しまれ、愛され続けた初代駅舎の姿です。 |
今日はこれから、相模湾に浮かぶ人気の観光島、江の島を散歩する訳でありますが、空模様の方はうっすら曇って、彼方にはイヤな色の雲も浮かんでいます。今朝の天気予報では、快晴とまではいかなくても、今日1日雨は降らない筈なんですが・・・
しかしまぁ、9月ももう末だというのに、ちょっと前まではカンカン照りの記録的猛暑続きだったので、ゆっくり快適に散歩するには、寧ろこんな陽気の方がよろしいかと。何はともあれ、散歩を始めましょう。
片瀬江ノ島駅の駅舎を背にして立つと、正面には相模湾に注ぐ境川に架かった弁天橋が見えています。と、いう事で、江の島を目指して、先ずはこれを渡って行きましょう。 |
| 弁天橋で境川を越えるとすぐ、片瀬江の島観光案内所があります。事前に寄って観光パンフレットをゲットしたり、窓口のスタッフから情報収集して、江の島歩きの予習をして行ったりするのも良いのですが、今日は事前予習もしっかりして来ているし、初めての江の島と言う訳でもないので、取り敢えずスルー。観光案内所のすぐ手前を右に折れて、地下通路へと向かいます。 |
頭上に走る国道134号線をこの地下通路で横断し、指導標に従って江の島方向へ直進します。
ところで、「えのしま」というこの地名。文字で表す場合は、江の島だったり、江ノ島だったり、はたまた江島だったり。更には時代によって、江乃島や江之島なんていうのもあったりして、いささか混乱するのでありますが、行政地名は「江の島」という事になっています。だからこの指導標も、江の島と記されているんですね。一方、今日のスタート地の小田急線駅の駅名は、片瀬江ノ島でした。 |
ヤヤコシイ事はさて置き、地下通路から地上へと上がって来ると、早くも正面には、本日の目的地江の島が姿を現しました。そして、今居るこちら側の片瀬海岸から歩いて島へと渡るには、長さ389mの歩行者専用の橋、江の島弁天橋を利用する事になります。しかしながらこの江の島は、実は橋を利用せずとも歩いて渡れる陸繋島でありまして、春から夏にかけての干潮時で、特に潮位の低い日には、海で隔てられた陸地と島が砂浜で繋がって陸続きになる、いわゆるトンボロ現象が現れる陸繫砂洲(りくけいさす)と言われる地形なんです。
そこで本日はどうなっているのかというと、残念ながら目指す江の島は、海に隔てられてポッカリと浮かんでいて、橋を利用して渡って行くしかないのでした。残念。 ・・・いや、そもそも江の島のトンボロは、今述べた様に春から夏の季節限定なのでありまして、最早もう今日の時点では、今年のそのシーズンは終えていたのでありました。 |
さて島へと渡る前に、このGoogleの空撮画像を見ながら、江の島の事をここでちょっとお浚いしてみましょう。
江ノ島は周囲がおよそ4km。島の西側(画像左側)の概ね半分余り、いわゆるひょうたん型をした部分は丘陵地と磯で、グーグルアースで確認すると、最高所は標高60mほど。そして残りの西側半分のエリアは埋立地の平地で、その大部分をヨットハーバーとその関連施設、そしてパーキングなどが占めています。この埋め立ては、昭和39年開催の東京オリンピックに併せて行われたもので、1964 と 2020 の二つのオリンピックでは、ヨット競技の会場として使用されました。そして今日は、島の西側のひょうたん型をした、埋め立てられる前の言わば「古江の島」のエリアを、東から西へと横断散歩してみようと言う訳なんです。 |
| 小田急線片瀬江ノ島駅前からおよそ850m、徒歩15分ほどでいよいよ江の島に上陸。正面で出迎えてくれるのは、1821年の再建になる江島神社の青銅鳥居です。欽明天皇によって、552年に創建されたと言い伝えられるこの江島神社。神仏習合の昔は仏教の女神である弁財天が祀られて、江島弁財天として広く信仰を集め、親しまれていました。だから今さっき渡って来た橋は、江の島弁天橋という名前だったんですね。そして、明治時代初頭の神仏分離以降の祭神は、アマテラスとスサノオの神同士の占いの儀式、「誓約(うけい)」によって生まれたとされる三柱の女神、宗像三女神(むなかたさんじょしん)に改められ、現代へと至ります。 |
| 青銅鳥居を抜けるとその先は、江の島弁財天仲見世通り。江島神社の参道です。そして緩やかな上り坂の両側には、土産物店や食事処などが並びます。この商店街、普段は買い物や食べ歩きなどをする観光客で大賑わいなんですが、今はまだ午前中の比較的早い時間という事で、大方の商店がオープン前でありました。 |
| 長さにして150m余りの仲見世通りを奥まで進んで行くと、昭和11年建立になる朱の鳥居が見えて来ました。そしてそれまで緩やかだった上り坂は、石段の急坂に変わります。ここからは断続的に続く急な上り坂で、江の島の丘陵地を、標高およそ60mの頂上まで登って行く事になる訳です。 |
朱の鳥居のすぐ後ろに控えるのは、瑞心門。 あれれ? この上下二層で、下の部分がアーチ型の通路になっているデザイン、どこかで見た様な・・・
それは今日のスタート地だった、片瀬江ノ島駅の駅舎。そうなんです。この瑞心門、あの駅舎同様、竜宮城のイメージで建立されたものなんですね。 |
| 丘陵の頂上まではこの瑞心門を抜けて、その先更に石段の急坂を、およそ20分ほど登って行かなければならない訳なんですが、実はもっと楽々で快適に頂上まで到達する方法が、別にあるんです。それが江の島エスカー。その名の通り、丘陵の斜面に設置された、上り専用のエスカレーターで、全長106m、高低差46mを、4つのエスカレーターに乗り継ぎながら上って行きます。そしてこの江の島エスカー、歴史はけっこう古く昭和34年の開通で、小田急グループの一つ、江ノ島電鉄(エノデン)が管理・運用を行っているんですね。 |
| 日頃の運動不足を解消するためにも、今日は全て人力での頂上制覇を目論んでいたのではありますが、江の島エスカーには島内の施設がお得に利用できるセット券もあり、更に翌月には利用料金の改定で少し値上がりする(それでもかなりお得なのではありますが)との情報も得たので、急遽方針転換し、迷わずセット券をゲットと相成りました。 |
| と言う訳で、早速江の島エスカーに乗車。一昨年(令和4年)新たにリニューアルされたばかりで、内部はこんな風にシュールな映像アートの世界。たくさんのクラゲが泳ぎ回っていました。 |
| エスカレーターを二つ続けて乗り継いで、先ず到着したのは、1206年の創建となる辺津宮。祀られているのは、先にも述べた三姉妹の神、宗像三女神のうちのタギツヒメです。ここ江島神社は三社から成っていて、島の丘陵に築かれた境内の中で、標高が一番低い位置にあるのが、この辺津宮という事になるんですね。 |
| 辺津宮の境内にある池の畔から、こっちを睨みつけている白い龍は、富と幸福をもたらす龍神の銭洗白龍王。この池の畔で小銭を洗うとご利益があるらしい。 |
| 1844年の再建になるこの社は江島神社の末社、八坂神社。祭神は、宗像三女神の言わば生みの親、あのヤマタノオロチ退治のスサノオノミコトです。 |
| 次のエスカ―乗り場は、辺津宮から100mほど歩いた先にありました。ここから再びエスカーに乗って、丘陵の更に高所へ。 |
| エスカーを降りるとすぐ、目の前に現れた社殿は中津宮。創建は853年で、ここには宗像三女神の内の一柱、イチキシマヒメが祀られています。 |
| これは1690年に奉納された、島内最古の手水鉢。側面には江嶋上之宮と刻まれています。明治時代の初め頃まで、この中津宮は「上之宮」、辺津宮は「下之宮」と称されていたのでした。 |
| 中津宮をあとにして、最後のエスカー利用。江の島の最高所へと向かいましょう。3区(3箇所)に分かれて設置されたエスカーの内、オシャレな映像アートの中を進む1区に比べて、2区とこの3区は至ってシンプル。ふつーのエスカレーターでありました。 |
江の島エスカーで、江の島の頂上にらくらく到着です。そしてここはサムエル・コッキング苑。江の島の最高所にして、ほぼ中心に位置する公園施設なんです。ナイトイベント開催などの無い通常時の日中は、入園料無料。
因みにこのナイトイベントの内、毎年冬場に催されるイルミネーションイベントは、栃木県のあしかがフラワーパーク、長崎県のハウステンボスと並んで、日本三大イルミネーションとされているんです。 |
| サムエル・コッキングというのは人の名前で、アイルランド生まれの(1842-1914)貿易商でした。1868年に来日し、日本人女性と結婚。その後日本に永住し、横浜で商社を設立・経営する事になります。 |
| コッキングは、ここ江の島の自然と景観の美しさに魅せられて、土地を購入。別荘や、和洋折衷の大きな庭園(植物園)を造営し、そこに約1,100平米の温室も建設しました。そしてここサムエル・コッキング苑は、その当時のコッキングの庭園・温室部分が、ベースとなって整備されています。 |
| 園内に設置されている、温室を模したガラス張りの温室遺構展示体験棟では、サムエル・コッキングの歴史と、温室遺構についての数多くの資料や展示品、映像などを見る事が出来ます。更に足元に目をやると、ガラス張りの床の下に、現在もなお残されている実際の温室遺構を、真上から見渡す事が出来るんです。だから「体験棟」というワケ。 |
| 当時の温室の遺構は、展示体験棟の床下だけでなく、こうして表からもしっかりと確認する事が出来ます。総面積10,000平米を超えたという、庭園の一角に建設された温室は、大正12年の関東大震災によって荒廃し、現在残されているのは、地面に埋もれていたものが掘り出された、ご覧の様なレンガ造りの基礎部分と、地下に造られた付属施設です。 |
| ・・・と、いう事で、その地下施設というのを、ちょっと覗いてみたいと思います。なんと、そこへは実際に入って行く事が出来るんですね。 |
| これがその地下施設に設けられた、幅1m程の通路。案内板によると、右側にある二つの窓の中は、水辺に生息する動植物を飼育していた、水槽だったらしい。 |
| 当時の温室は、貯水槽に貯めた雨水を、ボイラー室で石炭の熱を利用し暖め蒸気にして、配管を使って循環させるスタイルを取っていました。そしてこの地下施設には、そういったボイラー室や、石炭をストックする倉庫などが設けられていたのでした。 |
| コッキングの開設した植物園では、南洋系の植物も育てられていましたが、その栽培にも、地下施設で作られた蒸気を利用していたようです。現在の、サムエルコッキング苑内に設けられた植物体験ゾーンでも、季節の花々の他に南洋植物も栽培されていて、一年中南国ムードの「常夏の島
江の島」状態でありました。 |
| 江の島のある神奈川県藤沢市は、長野県松本市と姉妹都市提携をしている他、米国、カナダ、中国、韓国など、世界の各都市とも姉妹・友好都市提携をしています。そしてそんな中の一つ、米国フロリダ州マイアミビーチ市をイメージした広場がここにありました。両市は昭和34年、お互い都市の形態や特色が似ているという事から、姉妹都市提携を結び、これを切っ掛けに藤沢市は、「東洋のマイアミビーチ」のキャッチフレーズで、更なる観光開発とその訴求に努め、人気の海洋リゾート地として現在に至ります。 |
| サムエルコッキング苑で外せないのが、全高59.8mで海抜が119.6mになる、眺望抜群のこの観光灯台、江の島シーキャンドル。入場料金は通常大人800円なんですが、今日はエスカーのセット券をゲットしているので、なんと嬉しい事に料金ゲートは素通りです。 |
| エレベーターで一気に、海抜101.5mの展望室まで上って来ました。360度ガラス張りのこの展望室からは、相模湾や更にその遥か先も一望出来る訳なんですが、どんより曇り空の今日の天気がちょっと残念。 |
| それでも気を取り直して、展望室の更に上にある屋外展望台へと上って来ました。曇り空でも景色は上々、相模湾を隔てておよそ60kmほど先に浮かぶ伊豆大島も、肉眼ではっきりと、その美しい姿を確認できます。 |
| サムエルコッキング苑をあとにすると、江の島の最高所から島の西の端の海岸へと、今度はひたすら石段を下って行く事になります。 |
| 石段を下って行く途中の左手には、二つの断崖に挟まれたその先に、海原の開けた場所があります。ここは山ふたつと呼ばれる場所。先にも触れたように、埋立前の古い昔の江の島は、ひょうたんの形をしていた訳ですが、そのひょうたんのくびれの部分に当たる場所がここなんですね。これは波の浸食によって出来た洞窟の天井が、崩落してこうなったのだと言われています。 |
| この辺りは御岩屋通りと言って、飲食店や土産物店が並びます。島内にはこの他にも、仲見世通りを始め所々に飲み食い処が点在しているので、食欲を満たすのには事欠きません。自分もあとで然るべき店に入って、冷たいビールをキューッとやりながら、湘南名物のしらす丼でも食べようと、密かに楽しみにしているんです。 |
| 江の島の頂上から標高を下げて、西側の海岸まであと少しというところに、何やら縁起のありそうな石鳥居が建っていました。実はこれ、源頼朝が1182年に奉納したとされる鳥居なんです。そして現在のこの鳥居は、平成16年に台風で破損した時、一部が補修されたもの。 |
| 頼朝の鳥居のその先に控えるのが奥津宮。宗像三女神を祀る三社から成る江島神社のなかで、ここには長姉のタキリヒメが祀られています。1842年再建のこの本殿は、平成23年に修復されたものです。 |
| そして、その本殿の手前に控える拝殿の天井には、見逃せないものが描かれているんです。それが八方睨みの亀。 |
| どこから眺めても、亀の目線が正面を向いている様に見える、つまりは見ている自分を常に睨んでいるこの亀。1803年に描かれた原画は、損傷を避けるために社務所の建物内で保管されているので、現在天井に掲げられているこの絵画は、平成の時代に描かれたレプリカなのではありますが、 ・・・にしてもですよ、やっぱりこの顔で睨まれると、おおっ!
となる訳です。 |
| 奥津宮にはもう一匹、由緒ある亀がいます。まるで亀甲の様な模様の付いた、おめでたく有難いこの亀石。イチョウの大木の下にあって、江戸時代の後期頃に祀られたものらしい。 |
| この記事の冒頭でも触れたように、古くからこの江の島には、龍神が棲むと伝えられて来たのでした。そして、そのような龍神伝説・龍神信仰から建立されたのが、奥津宮のすぐ隣にあるこの龍宮(わだつみのみや)。だからこそ、「龍」と書いて海の神という意味の「わだつみ」と読ませているんですね。参拝者が列を作って順番を待つ、人気のこのお宮。しかしながらその建立は意外に新しく、平成の時代に入ってからなんです。因みにこのお宮の建つ、地面の地下深くには、江島神社発祥の場所があるんですが、実はこれからその場所に行こうと思っています。 |
| 奥津宮の脇を通る道に戻り、石段を更に下って行くと間もなく、目の前に海原が開けました。ここが江の島最西端の海岸です。 |
| しかしまぁ、海の眺めっていうのは、どんな場所からでも美しいもんであります。雲の切れ間からは、相模湾を隔てたその先に、箱根の山々を従えた富士山が、うっすらとその姿を現しました。 |
| 海の美しさを満喫しながら、暫し海岸沿いに歩いて行きましょう。海辺の遊歩道の様なこの橋は、岩屋橋。70mほど続きます。 |
| そして、岩屋橋の行き着く先がここ、江の島岩屋。岩壁に出来た洞窟で、第一岩屋(152m)と第二岩屋(56m)の、2箇所に分かれています。通常、入洞料金は500円なんですが、江の島シーキャンドルと同様、ここもエスカーのお得なセット料金に含まれているので、今日は入口でチケットを見せるだけでOK。 |
| 岩屋内に入ると、なんと燭台を渡されます。そして手に持った蝋燭の灯を頼りに、洞窟内を進んで行くという、神秘的な体験が出来るという訳なんですね。内部の推定気温は20度を下回る感じ。9月の末とは言え、未だ蒸し暑さが残る本日の陽気からすると、快適な体感です。逆に冬場は暖かく感じるんでしょうね。 |
| この洞窟は、江の島弁財天信仰の発祥地。鎌倉幕府の初代将軍源頼朝や、初代執権北条時政、そして弘法大師や日蓮上人といった人々を始め、多くの偉人がこの場所を訪れたと伝えられ、大昔から庶民の信仰の対象ともなっていました。 |
ここは第一岩屋の最奥部。この先も洞窟は続いているようですが、立ち入る事は出来ません。傍らにある案内板には、「この先洞窟は、富士山の鳴沢氷穴まで繋がっていると昔から言われて来た」旨の説明が記されています。事実とすれば、何ともスケールの大きなお話ではありますが、とは言えこれは飽くまで伝説であるようであります。
そもそも70km以上も離れた、しかも片や波の浸食で出来た海食洞の江の島岩屋と、片や溶岩が固まって出来た溶岩洞の鳴沢氷穴という、作りの異なる二つの洞窟が繋がっているという事は考え難い事ではある訳です。だからこそここでは、海(相模湾)と山(富士山)という、二つの日本の象徴を結びつけるパワースポットとして、この洞穴を覗き込みながら、霊山富士山に思いを馳せる、というのが宜しいかと。 |
ところで第一岩屋の最奥部というのは、実はもう1箇所あるんです。全長152mの第一岩屋の洞窟は、途中で2方向に分かれるY字路になっていて、左方向に進むと前述の富士山への入口へ、右方向へと進んで行くと、この江島神社発祥の場所へと至る事になります。
この場所は欽明天皇(在位539年-571年)が552年、江の島に初めて宮を建てた場所だといわれ、それが江島神社の始まりとされています。そして既述のように、丁度この真上辺りに、さっき見て来た龍宮が建立されているんですね。 |
| 一方こちらは、全長51mの第二岩屋の最奥部。ここでは伝説の龍神さまがお待ちかねです。それにつけても、この龍神さま結構ハイテクで、近付いて柏手を打つと唸り声をあげ、稲妻と共に雷鳴が轟くんです。 |
| 蝋燭の灯を頼りに進み、富士山へと至る洞穴を覗いたり、龍神に遭遇したり、ロマン溢れる冒険をタップリと満喫出来ました。磯に打ち寄せる荒波を眺めながら、もうそろそろこの辺で、歩いて来た往路を戻る事にしましょう。 |
| 往路では、江の島最高所のサムエルコッキング苑までは、上りのエスカーを利用したのですが、しかし下りのエスカーは設置されていません。なので復路は、上り下りの石段を、およそ1.5kmほど歩いて戻る事になります。 |
| 江の島弁天橋で相模湾を渡り、片瀬海岸側へと戻って来ました。振り向いて江の島の全景を眺めれば、頂上に建つ観光灯台、江の島シーキャンドルが顔を覗かせていました。 |
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